写真6:Wells Fargo:スターバックス併設店舗(サンフランシスコ)

コロナ禍、そしてDX(Digital Transformation:デジタルトランスフォーメーション)の進展により、銀行、小売店の形態は変化しつつある。

EC、デリバリーサービスが成長し、デジタル専業銀行(チャレンジャーバンク、ネオバンク)、無人店舗、レジレス店舗などの新しい形態のサービスも登場している。

しかしながら、従来型の店舗がなくなるわけではなく、海外では伝統的な銀行をはじめとして銀行、小売店がリアルという特長を活かしたサービスをはじめている。

店舗の強みを活かす銀行

イギリスではMonzo、Starling Bank、Revolutなどのデジタル専業銀行が台頭する中、Metro Bankは「対面チャネルを重視する」「顧客でなく、ファンをつくる」「商品や条件ではなく、サービスで勝負する」の3本柱で店舗を重視した戦略に取組んでいる。(写真1)

なお、Metro Bankもチャレンジャーバンクである。チャレンジャーバンクという言葉だが、店舗、ATMを持たず、ネットだけでサービスを提供するデジタル専業銀行だけを指すと思われがちだが、新しく設立された店舗を持つ銀行も含まれる。


写真1:Metro Bank(ロンドン)

Metro Bankは店舗をStoreと称し、小売店と同様に気軽に入れる雰囲気の全面ガラス張りで、外から丸見えの店舗を構えている。受付はホテルのフロントのように、行員は立ったまま、顧客対応を行う。店舗奥にはMagic Money Machineという派手な硬貨自動計算機が設置され、投入額を当てると景品がもらえるが、店舗では待ち時間を持て余すため、多少の時間は潰せ、子供は喜ぶサービスである。

さらに、驚くことに休業日は年に3日(クリスマス、元旦、イースター)だけで、営業時間も平日は8:00~20:00、土曜日は8:00~17:00、日曜日も11:00~17:00と消費者は開店時間を気にする必要はない。なお、HSBCなどのイギリスの伝統的な銀行は日本と同様に土日休業であり、日本よりも若干長いが、平日は9:00~17:00の営業である。

また、イギリスのATMは店外の壁に埋め込まれているものが多いが、Metro Bankでは店内の入り口付近の店舗全体が見渡せる場所に設置されている。

そして、創業者の「飼い犬を大事にされると自分も大事にされている気持ちになる」という言葉を受け継ぎ、ドックフードや犬用の飲料水を設置したドッグコーナーを設置する店舗もある。一般的に銀行の入口には犬に×印がされ、犬の入店を禁止しているが、私もだが、愛犬家にとってはうれしいサービスである。

スペインにも、店舗を重視する銀行がある。3大銀行(Santander Bank、BBVA、Caixa Bank)の1つであり、カタルーニャ地方を基盤とするCaixa Bankである。(写真2)


写真2:Caixa Bank(バルセロナ)

Caixa BankはMetro Bankと同様に店舗をStoreと称し、小売店のように気軽に入れ、コミュニケーションを重視した店舗を目指している。

店舗は広々とし、銀行では珍しくトイレが利用できる。海外では外出時にトイレを見つけることが難しく、また有料の場合が多いため、非常にうれしいサービスであり、Caixa Bankのおもてなしの精神の象徴でもある。

また、ATMはYellow Pointという愛称で、黄色の淵で囲まれ、店外の路面の壁に埋め込まれたものは、遠くからでも非常に目立つ。機能も充実し、入出金は言うまでもなく、単純なローンの申込みもできる。そして、高齢者のニーズを踏まえ、通帳記帳の機能も備えている。

また、顔認証による取引も既に実用化され、ATMカードを挿入後、パスワード代わりに顔だけで認証する。画面は2つあり、1画面は一般のATMと同じだが、もう1画面は取引履歴に応じたプロモーションが流れる。

また、店舗では、私が訪問した際は携帯電話とホームセキュリティであったが、広々とした店舗のスペースを有効活用し、銀行とは関係ない商品を展示している。

アメリカでも、Chime、Varoなどのデジタル専業銀行がミレニアル世代を中心に人気を集めるが、4大銀行(JP Morgan & Chase、Bank of America、Citi、Wells Fargo)も負けてはいない。

Wells Fargoはサンフランシスコに本社を置く、株式時価総額や支店数などから、全米最強の銀行と呼ばれる銀行である。そして、地盤であるサンフランシスコでは多種多様な店舗を展開する。メイン通りであるMarket Streetには歴史ある伝統を感じる重厚な店舗があれば、その数分先にはガラス張りのデジタル店舗を出店している。

さらに、銀行離れを防ぐべく、若者や主婦層との接点を持てる店舗も展開している。スーパーマーケットのSafewayの店舗内に小型店舗を出店し、口座開設やローンなどの相談にも対応している。

また、スターバックスを併設した店舗もある。銀行の入り口を通ると、右手には銀行のカウンター、左手にはスターバックスがある。コーヒーを飲むついでに銀行で用を足す、銀行の待ち時間にコーヒーを飲むなど両者は意外に相性が良いかもしれない。(写真3、4、5、6)


写真3:Wells Fargo:伝統的な店舗(サンフランシスコ)


写真4:Wells Fargo:デジタル店舗(サンフランシスコ)


写真5:Wells Fargo:Safeway内店舗(サンフランシスコ)


写真6:Wells Fargo:スターバックス併設店舗(サンフランシスコ)

宣伝の場としての店舗

デジタル専業銀行の台頭、そして伝統的な銀行のデジタルシフトにより、店舗の役割も変化しつつある。店舗は現金オペレーションを行う場ではなく、住宅ローンや投資などを相談する場へとシフトしている。さらには、それさえも行わない店舗も登場している。

スコットランドの商業銀行であるClydesdale Bankのロンドンの店舗は、消費者にとっては金融サービスを受ける場ではなく、最先端技術やネットバンクを実際に試せる場である。店舗中央にはネットバンクにアクセスできるタブレットPCが並ぶ。Amazon Alexaも設置され、音声バンキングも試すことができる。(写真7)


写真7:Clydesdale Bank(ロンドン)

店舗の少ない銀行は、顧客の目に触れる機会が減少し、知名度・認知度が下がるという負の面があるが、この店舗は先進性やネットバンクの利便性をアピールする場として活用されている。

今後、銀行の店舗は自行の宣伝の場という役割も担っていくのかもしれない。

とにかくお客様に来てもらいたい店舗(銀行)

イギリスの4大銀行(Barclays、HSBC、Lloyds、RBS)の1つLloyds傘下のHALIFAX BankのOxford Circus駅前の基幹店舗も面白い。店舗は資金が必要な4つの場面(Home、Kids、Travel、Kitchen)を演出した設計である。地下には目的に応じた応接室がいくつも設置され、銀行に用事がなくても、打合せや仕事で利用できる。(写真8)


写真8:HALIFAX Bank(ロンドン)

アメリカのCapital OneはCapital One bank Cafe、Capital One 360 cafesというカフェとワークスペースを併設した店舗を全米で展開し、サンフランシスコでは人気カフェチェーンのPeet’s Coffee を併設している。

Capital Oneカードで支払うとコーヒーは割引となり、WI-FIは無料、さらにはリラックスできるソファも多数設置され、横になって寝ている人さえもいる。

ATMが設置され、「金融相談を受け付けます」という看板が設置されていることから、ここがCapitalOneの店舗だと気付くほどである。(写真9)


写真9:Capital One(サンフランシスコ)

Umpqua Bankはポートランドに本店を構えるオレゴン州最大の地銀だが、Capital One以上に銀行らしさがない店舗をサンフランシスコに出店している。

店舗にはATMもない。その代わりに、誰でも無料で使えるWI-FIと電源完備のワークスペースに加え、展示スペース、大型スクリーン、会議室が備わる。

さらに、展示スペースでは店舗の立地にあわせ、旬の特産品などを展示している。そして、Umpqua Bankを一躍有名にした頭取直通電話も設置されているが、実際には頭取が電話に出ることはほとんどないとのことである。(写真10)


写真10:Umpqua Bank(サンフランシスコ)

これら店舗は積極的に金融サービスを売込む店舗ではなく、チャレンジャーバンクやネオバンクを含むFinTechの台頭による伝統的な銀行離れを防止するために、まずは銀行の店舗に来てもらうことを目指した店舗である。

とにかくお客様に来てもらいたい店舗(小売店)

Capital OneやUmpqua Bankと同様に、小売店でもとにかく店舗に来てもらうという取組みははじまっている。

ファストファッションを中心にアパレル業界でも、ECの台頭はリアル店舗にとっては脅威である。

そこで、アメリカのExpressは、とにかくお客様に店舗に来てもらうために、無料で携帯電話の電源チャージができ、無料で利用できるワーキングスペースを提供している。

お客様に店舗に来てもらい、商品を見て、手に取ってもらえれば、商品の良さを知ってもらえる自信があるため、その機会を作っている。

商品を購入できない店舗

アメリカのBONOBOSはWalmartが買収した高級紳士服のECだが、主要都市に店舗も持つが、店舗では商品を購入できない。

店舗は商品の展示、そして試着だけで、購入はECからだけとなる。

BONOBOSの商品は高額な高級紳士服なため、実物を見たい、試着したいというニーズが多い。

ECでは実物に触れることはできないため、店舗で、消費者の見たい、着たいというニーズに応えている。店舗がECの弱点を補う事例である。(写真11)


写真11:BONOBOS(シアトル)

EC購入をサポートする店舗

ECの流行は欧米などの先進国だけではなく、インドネシアでも同様である。

高齢者はスマホやPCの操作は苦手で、現金以外の決済手段を持たない者も多く、ECでの注文が困難である。

そこで、Kudoはワルンと呼ばれる小規模小売店(パパママショップ)と提携し、高齢者などECの利用が困難な者に対し、EC注文代行サービスを提供している。

Kudoと提携する店舗の店員にECで欲しいモノを伝え、現金で支払えば、注文、決済、受取りを代行してくれる。

消費者の行動を把握する店舗

また、商品を売るのではなく、お客様の動線を把握することを目的とした店舗も登場している。

シアトルやシリコンバレーに出店し、2020年に日本の有楽町にも進出したVRやIoT家電などの先進的な商品を発見、体験、購入できるb8taである。

店舗には画像センサー等が設置され、お客様が実際にその商品を手に取り、取り扱う行動をデータとして取得し、商品開発に利用している。(写真12)


写真12:b8ta(シアトル)

コロナ禍でDXが進展しても、リアル店舗は必要

日本ではコロナ禍と時を同じくして、DXが加速し、我々にとって身近な存在である銀行や小売店の形態は変化している。

今回紹介した銀行や小売店の事例は、デジタル専業銀行や無人店舗と比べると、派手さや先進性を感じることは少ないかもしれない。

しかしながら、既存店舗も、リアルに場を持つ強みを活かしながら、DXの進展した社会、そしてWithコロナ、Afterコロナの時代を生き抜くための様々な施策に取り組んでいる。

今後はデジタルファーストの時代となることは間違いないが、銀行や小売店、そして消費者にとって、役割は変化するものの、リアルの場が重要な役割を担うことは変わることはない。


安留 義孝(やすとめ よしたか)
日本アイ・ビー・エム株式会社 IBMコンサルティング事業本部 金融サービス事業本部 アソシエイトパートナー

1968年、横須賀市生まれ。明治大学商学部卒。 メガバンク系シンクタンクを経て、日本アイ・ビー・エム株式会社入社。2016年以降、世界22カ国を訪問し、世界の金融、決済、小売の調査研究、および決済領域を中心にコンサルティング業務に従事。 「月刊消費者信用」の長期連載に加え、「月刊金融ジャーナル」などへの寄稿多数。セミナーインフォ、NCB Lab、ペイメントナビ、日本クレジット協会、金融財政事情研究会などでの講演多数。 代表著書は「キャッシュレス進化論~世界が教えてくれたキャッシュレス社会への道しるべ~」(金融財政事情研究会)、「テレワークでも成果を上げる仕事術」(マイナビ出版)、「世界デジタル紀行 日常生活に溶け込むDX」(共著・日本橋出版)、「BNPL 後払い決済の最前線」(金融財政事情研究会)(2023年3月)。


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