今回お話をうかがったのは、クレジットカード史研究家の櫻井澄夫先生。
櫻井先生はJCBに勤務され、海外での加盟店開拓に奔走。そのご活躍の様子は、JCBが国際ブランドの地位を確立するまでの汗と涙の物語、湯谷昇羊『サムライカード、世界へ』(文藝春秋、2002年)の中にも実名で登場します。
また、お仕事の傍らクレジットカードの歴史にまつわる研究を続けておられ、その成果は消費者信用業界誌である『月刊消費者信用』(株式会社金財エージェンシー)に連載『叢談 カードの世紀』として発表されています。
この連載は2004年に始まり、櫻井先生はJCBをご退職後も現在に至るまで精力的に研究と執筆を続けておられます。
このように、実務に携わりながら日本のクレジットカード業界を牽引してこられ、正しいクレジットカードの歴史を実証的に追究しておられる櫻井先生に、クレジットカードの歴史と、それを学ぶことの大切さをうかがいました。
再検証・クレジットカードのダイナース起源説
— 櫻井先生は、クレジットカードの歴史を明らかにするため、古今東西のさまざまなクレジットカードを「資料」として収集し、ただ文献を博捜するにとどまらない「実証的な研究」を目指しておられます。
櫻井 未来を考えるには、現在を知らねばなりません。現在を知るには、過去、つまり歴史を知らねばなりません。「なぜそうなったか」を知らないと、将来の展望も見えてこないのです。
そして、正しい歴史を知るために文献を調べることは大切ですが、その内容を鵜呑みにせず、しっかり検証して確かめることも必要です。
そこで大事なのは、やはり実物もきちんと調べること。現在の日本では、クレジットカードに限らず、本当かどうかを確かめないまま広まってしまっている知識がしばしば見られるので、気をつけないといけません。
— 今回、先生には「世界最初のクレジットカード」についてうかがいたく存じます。
櫻井 まず、「世界最初のクレジットカード」について考えるときによくよく心得ておかないといけないのは、クレジットカードが歴史の発展の過程で必要性から考案されたもので、それが徐々に発展を遂げながら現在のようなかたちになっていったということです。
— つまり、ある日誰かが突然に現在のような機能を備えたクレジットカードを思いついたわけではない、ということですね。
櫻井 そういうことです。
— インターネットや書籍などで「世界最初のクレジットカード」について調べると、1950年のアメリカの「ダイナースクラブ」が起源である、とする説が少なくありません。
これは、「ニューヨークのレストランで、実業家のマクナマラが食事をしたとき、財布を忘れたため家族に届けてもらったことがきっかけとなり、現金がなくてもツケ払いで食事ができるようにと友人の弁護士と共に『ダイナースクラブ』を設立。クレジットカードを発行した」というもので、以前に当サイトでも紹介したことがあります。
櫻井 おそらく「ダイナース起源説」はあまりに有名だったため、日本ではいろいろな人が引用、あるいは孫引きを繰り返した結果、広まったのでしょう。
確かにダイナースクラブはカード会社の老舗ですし、「ダイナース」は“食事をする人”という意味なので由来とも一致していますが、この話は同社の広報係が新聞記者の注意を引くためにした作り話がもとになっているそうです(L・マンデル『The Credit Card Industry: A history』、根本忠明、荒川隆訳『アメリカクレジット産業の歴史』日本経済評論社、2000年)。
実は、日本ダイナースクラブもこのダイナース起源説を否定しています。同社の社史には「(クレジットカードは)1920年代に石油小売業者が紙製のカードを発行したのが始まりと言われる」(『日本ダイナースクラブ 30』1990年)とあり、ダイナースクラブ以前からクレジットカードが存在していたことを認めているのです。
現存最古!? 1911年のクレジットカード
— それでは、最初のクレジットカードはいつ頃までさかのぼることができるのでしょうか。
櫻井 一応は「1910年代半ば頃のアメリカで、現在使われているカードに近い機能を持ったクレジットカードが発行されるようになり、1920年代にはいくつかの業種に集中して相当数のカードが出現した」と考えてよいでしょう。
しかし、私が入手したあるカードは、1911年に発行されていながら「クレジットカード」と呼ばれ、現在のカードとほぼ同様の機能を備えていました。実物をお見せできないのが残念ですが、(写真1)、(写真2)です。
写真1 1911年発行のカンザスシティの貸自動車店の「クレジットカード」表
写真2 1911年発行のカンザスシティの貸自動車店の「クレジットカード」裏
— 今から105年前、当時の日本は明治時代末期ですね。すると、これが現存する世界最古のクレジットカードということになるのでしょうか。
櫻井 「最初」ではなくあくまで「最古」の現物であれば、確かにそう言ってよいと思います。
このカードはミズーリ州のカンサスシティーのWalden W. Shaw Auto Livery Co. という貸し自動車屋(運転手付きの車を貸し出すハイヤーのようなもの)が発行したもので、経営者のWalden W. Shawはのちにタクシーのイエローキャブの創立にも携わりました。
— 確かに、表面に「CREDIT CARD」と印刷されており、カード番号、それから名義人の署名、裏面には使用条件が書かれています。今のクレジットカードよりもやや横長に見えますが、角が丸く落とされている点は現在と同じですね。
櫻井 カードのサイズは横4インチ×縦2.25インチ。裏面の利用規定から、カードの期限が1911年の12月10日であったことがわかります。「NOVEMBER」とあるのは11月用という意味。カードの有効期限は約一ヶ月で、毎月更新されていたということです。前月分の請求書は翌月の5日に発送され、支払いがあるとその月のカードが直ちに顧客へ送付されたそうです。
当時、アメリカでは自動車販売台数が飛躍的に増加していました。アメリカが世界に先駆けて本格的な自動車時代を迎えたからこそ、同社の車をたびたび利用する人には利用料をツケで支払うニーズが生まれ、それに応じてクレジットカードが考案されたわけです。
「単一目的にしか使えない」「有効期限が短い」などの違いもありますが、「クレジットカード」と呼ばれ、現在のカードとほぼ同様の機能を備えていた以上、これは最古のクレジットカードの一つとみて差し支えないでしょう。
19世紀末にまでさかのぼれるクレジットカードの起源
写真3 ウェスタンユニオン-1899年のフランク表
写真4 ウェスタンユニオン-1899年のフランク裏
櫻井 ただし、ここで注意しないといけないのは、最初に述べたとおり、クレジットカードは現在我々が使っているようなものになるまで、長い歴史を経ているということです。言い換えれば「何をもってクレジットカードの誕生と考えるか」という定義の問題があります。
中には、クレジットカードという名前でなくてもクレジットカードと同じ役割を果たしていたものはありました。
一例として、19世紀末に登場した「フランク(frank)」を挙げましょう。(写真3)、(写真4)は私が入手した、1899年にアメリカのウェスタン・ユニオンによって発行されたフランクです。このフランクは縦91ミリ×横143ミリ。1890年から発行されていたそうです。
— 今のクレジットカードに比べると、一回り大きい印象です。いちおう形状は「カード」ですが、素材もプラスチックではなく厚紙です。
櫻井 ウェスタン・ユニオンはもともと電報などを扱う通信会社でした。そこで、フランクを発行して、これを使用すれば表面に記されている名義人が一定条件のもと、後払いで電報を発信できるようにしたのです。郵便料金を別納で、ツケ払いしているイメージです。
厚紙のカードであったのは、傷みにくく頑丈で、いつでもどこでも携帯でき、繰り返し反復して使えるためと考えられます。単一目的にしか使えなかったとはいえ、すでにクレジットカードの原型となる機能と形状を備えていたといえるでしょう。
写真5 石油カードシェル1937年
写真6-19世紀末~20世紀初頭にかけてのさまざまなフランクとクレジットカード
— すると、19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカでクレジットカードが発達していったことになりますが、その理由はなぜでしょうか?
櫻井 先にみたように、Walden W. Shaw Auto Livery Co.は貸し自動車屋で、ウェスタン・ユニオンは通信会社でした。交通や通信が発達すると、そこにはさまざまな支払が発生し、個人顧客や法人に対する「ツケ」や「後払い」のニーズも生まれてきます。1920年代前後からの大衆消費社会の誕生と、それを可能にした産業構造の確立は、運輸、通信、送金といった各種サービスの発達も促しました。
一般大衆も所得が向上するにつれ、一度の利用額は少なくても、特定のサービスを反復的に使用するなど、それなりに活発な消費活動を行ない、企業活動の活発化、経済の発達に貢献するようになりました。こうした環境があって、初めてクレジットカードが登場してきたのです。参考までに、当時のフランクやクレジットカードの例をいくつか挙げておきます(写真5、6)。
大きさもデザインもバラバラで、呼び名も一定していません。
— 大衆消費社会がクレジットカードを産んだ―まさに、それが「クレジットカードが歴史の発展の過程で必要性から考案された」ということですね。ありがとうございました。次回は、日本で最初のクレジットカードについてお話をうかがいたく存じます。
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人気Youtubeチャンネル「山田のレゾンデートル」さんで本記事を元に動画にしていただきました。ぜひこちらもご覧ください。
インタビュアー 稲葉 秀朗(いなば ひであき)
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