2021年1月に2度目の緊急事態宣言が発動され、当初は一過性とも思われたコロナ禍の生活だが、2回目の春の声も聞こえはじめている。コロナ禍の一年を振り返ると、我々の日常は大きく変化した。
感染予防の観点から、テレワークが推奨され、外出自粛要請もあり、自宅で過ごす時間が増えた。一方で、店舗での買い物、外食の機会は減少し、EC(ネットショッピング)、そしてUber Eatsや出前館などのフードデリバリーサービスの利用が増えている。
また、コロナ禍と時を同じくして、DX(Digital Transformation:デジタルトランスフォーメーション)という言葉を新聞やTVで目にする機会が増えている。DXとは2004年にウメオ大学(スウェーデン)のエリック・ストルターマン教授が提唱した「ITの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という概念だが、15年以上も前の話である。
日本と異なり、欧米中、さらには東南アジアの途上国でも既にDXは実現されつつあり、教授の言葉を借りれば「人々の生活はあらゆる面でより良い方向に変化」し、コロナ終息後のニューノーマルな社会への準備はできている。
ショッピングで最も嫌な場面がレジ待ちの行列というのは私だけではないと思う。せっかくの楽しいショッピングも台無しになり、急いでいる時には長蛇の列を見ただけで購入を諦めてしまうこともある。また、コロナ禍では感染リスクも高まる。
しかし、私は45ヶ国以上を訪問したが、海外ではレジ待ちの行列に並ぶ機会は少ない。コロナ禍をきっかけに、日本でも海外では当たり前のサービスである①レジレス店舗、②無人○○/ロボット店舗(自販機)、③Scan & Go、④デリバリー、⑤Click & Collectが導入され、ショッピングの姿は変化するはずである。
なお、これら5つの仕組みは基本的にクレジットカード等を事前に登録するため、購入毎に「決済という行為」(現金を渡す、カードでタッチする、QRコードを読取るなど)はない。そのため、現金主義者(キャッシュレス否定派)も、SuicaやPASMOと同様に抵抗感なく利用することとなり、2025年のキャッシュレス決済比率40%の目標達成も現実的なものとなってきている。
レジレス店舗
レジ待ちの行列を無くすためには、単純にレジを無くせば良い。レジレス店舗ではアメリカのamazon goが有名だが、サンフランシスコだけでも、Standard Store、Inokyoなどのレジレス店舗が出店している。
amazon goの動線はアプリを起動し、QRコードを表示し、ゲートにタッチして入店となる。店内では自由に商品を選べ、ゲートを通過すれば買い物は終了となり、5分程度でレシートが送付されてくる。店内のいたる所に設置された多数の画像センサー等で顧客と商品を認識するが、非常にコストと手間がかかっている店舗という印象である。
なお、現在、サンフランシスコの他に、シアトル、ニューヨーク、シカゴに計26店舗出店しているが、私の個人的な印象ではシアトル店だけが大盛況である。シアトル店はアマゾン本社の1Fで、近隣にコンビニやファストフード店もなく、アマゾン社員にとっての社員食堂であり、生協的な役割も担っている。また、キッチンを併設し、出来立てのサンドイッチなどを提供し、イートインコーナーには電子レンジも設置されている。
対して、ニューヨークやサンフランシスコの店舗は5番街やユニオンスクエアというビジネスや観光の中心地にあり、近隣にはコンビニ、ドラッグストア、ファストフード店が軒を連ねる。缶コーヒー1本買うために、わざわざアプリを起動するよりも、気軽に入れるコンビニやファストフード店を選ぶ人が多いのは言うまでもない。話題の最新技術を活用した店舗は、一回は利用したいが、日々利用するかと言えば、話は別である。
しかし、小売店の本質に立ち返り、商品、価格、立地、消費者ニーズなどを踏まえたレジレス店舗は、人手不足、そしてコロナ禍においては人との接触を避ける意味でも有効であるのも事実である。今後は街中の競合がひしめく場所ではなく、amazon goのシアトル店のように、オフィス内や学校などのクローズ環境での出店が増えると予想する。(写真1:amazon go)
無人○○/ロボット店舗(自販機)
サンフランシスコだけでも、無人○○と呼ばれるレストラン、カフェ、ラーメン屋が出店している。しかし、これらの店舗は無人○○、ロボット店舗という話題性だけで消費者の人気を集めているわけではない。無人レストランと呼ばれるEatsaだが、バックヤードでは人手で料理をしているので、厳密にはウェイターレスレストランである。
店内に設置された専用端末から注文し、指定された番号のボックスから料理を取出すという仕組みだが、メニューがサラダ中心のため、ヘルシー志向の住民が多いベイエリアで受け入れられ、競合店舗よりも安い価格設定のため、非常に人気の店舗となっている。マレーシアのクアラルンプールのgrEatでも同様の仕組みが導入されているが、コロナ禍、そして終息後も、人と接触することがない仕組みなため、期待されるサービスである。(写真2:Eatsa)
写真2:Eatsa店内
また、真っ白なアーム型のバリスタロボットがコーヒーを淹れてくれるCafé Xも人気である。1号店はショッピングモールの片隅に置かれているだけであったが、数年で目抜き通りに単独店舗を出店するほどの勢いである。Café Xの人気の理由は、人間には難しい、ロボットだからできる、常に同じ分量、温度でコーヒーを提供でき、近隣店舗よりも安い価格帯だからである。
今後は、24時間、文句を言わず、休むことなく働けるロボットの特性を活かし、空港などの24時間営業の場所での出店を増やす予定とのことである。
また、インドネシアのIRIS e-Concept Store、ベトナムのToromartは大量の自販機が並ぶだけの店舗だが、無人コンビニと称し、飲料だけでなく、スナックなども販売している。自販機は設置台数ではアメリカが世界一だが、人口・面積を考慮した普及率では日本が世界一の自販機大国である。
そして、自販機大国の日本では、IRIS e-Concept StoreやToromartと同じ風景が、30年以上前の昭和のドライブインなどで見ることができた。当時はオートレストラン、オートパーラーと呼ばれていたが、味はともかくとして、ラーメン、うどん、ハンバーガーなどの自販機が並んでいたことが思い出される。
さらに、サンフランシスコのユニオンスクエアのロビーに設置されていたBodegaという仕組みも面白い。単なるボックスに過ぎないが、ボックスに記載された番号をアプリに入力すると、扉が開き、商品を取出すことができ、扉を閉めると買い物は終了となる。街中で見かける自販機ではペットボトルや缶などに限定されてしまうが、Bodegaであれば、様々なサイズや形態の商品を販売することができる。(写真3:Bodega)
写真3:Bodegaの自販機
東南アジアでは無人○○とも称される自販機だが、日本でも人手不足が深刻な過疎地では有効である。過疎地は少子高齢化の問題も抱えているが、高齢者にとっては、様々な最新技術が活用された店舗では操作が難しく、利用されない、できない可能性が高い。しかし、若い頃から慣れ親しんでいる自販機であれば、問題なく利用できるはずである。
今後は高度な最新技術を活用した仕組みだけではなく、日常生活に溶け込んでいる自販機を再評価し、人手不足や過疎地などの諸問題の解決手段として活用されることを期待したい。なお、Bodegaを含め自販機は、レジレス店舗に比べて場所を取らないため、商品点数を限定できるのであれば、オフィスや学校内の片隅に設置しても有効である。
Scan & Go
日本でも、既にセルフチェックアウトは多くの店舗で導入されている。Scan & Goは可動式のセルフチェックアウトであり、商品を選びながら、バーコードをスキャンし、レジに立ち寄ることなく、買い物ができる。
イギリスのWaitroseではセルフチェックアウトとScan & Goが共存するが、消費者はスナックなどの小物を数点購入する場合にはScan & Go、大量の商品を購入する場合にはセルフチェックアウトを利用している。Scan & Goは非常に便利な仕組みだが、購入商品が多い場合には、都度のスキャンは面倒であり、後でまとめてスキャンした方が効率的である。(写真4:Waitrose)
写真4:WaitroseのScan & Goの対象商品棚
シンガポールのHabitatでも、Scan & Goを導入しているが、商品点数が5点までと限定されている。それ以上の場合には、カート(買い物カゴ)ごと預け、バックヤードで決済と袋詰めが終了した後に購入商品を受取ることになる。数分だが、レジ待ちの行列やレジ打ちを待つ時間を有意義に過ごすことができる。また、コロナ禍においては、床に印をつけて間隔を保つよりも、人との接触を避けることができる店舗である。(写真5:Habitat)
写真5:HabitatのAuto Checkout(カートを預ける所)
中国の猩便利(通称:ゴリラコンビニ)は有人の普通のコンビニだが、Scan & Goを導入し、レジが混んでいる場合や対面での接客を避けたい消費者が利用している。また、有人店舗なため、私のような専用アプリを持たない一見客は現金で買い物もできる。
今後は、店舗の全ての決済をScan & Goにすることは難しいが、購入商品が数点の場合に限定するなど、オプションとして導入する店舗が増えると予想する。
デリバリー
コロナ禍となり、日本でもフードデリバリーサービスが一般的になりつつある。しかし、東南アジアでは既に日常生活には欠かせない存在となっている。インドネシアの首都ジャカルタは、主要な移動手段が自動車なため、世界有数の渋滞都市である。そのため、通勤・通学やショッピングに出かける際にも、渋滞に巻き込まれないバイク便(ライドシェア)が利用されている。
Grab、Gojekが2大サービスだが、人を運ぶだけではなく、料理、薬のデリバリー、買い物代行やマッサージ師を連れてきてくれるサービスも提供している。さらに、コロンビアのRappiはコロナ禍において急成長を遂げたスタートアップだが、Grab、Gojekと同様のサービスに加え、現金のデリバリーも行っている。(写真6:Gojek)
写真6:Gojekなどの買い物代行サービスの優先レジ
今後は、日本でも日常生活に必要なありとあらゆるモノ、サービスが自宅、もしくはオフィスなどの指定場所まで届けてくれる日が来ると思われる。
Click & Collect
デリバリーサービスは自宅に商品などを届けてくれるサービスだが、欧米では消費者が注文済みの商品を店舗で受取るサービスも普及している。アメリカではOrder Pickup、イギリスではClick & Collectと呼ばれるサービスだが、消費者が自宅や職場でスマホなどから注文し、仕事帰りや散歩のついでに商品を受取るサービスである。
欧米では日本ほど宅配サービスが成熟しておらず、配達時間も正確ではなく、商品の取扱いも丁寧ではない。また、女性の社会進出も進み、自宅は不在の時間が多く、古くから、Order Pickup、Click & Collectは日常生活に馴染んだサービスである。
イギリスのAsdaでは駐車場で商品を受取ることもでき、ZaraやWalmart、Nikeの一部の店舗では専用ロッカーなどで商品を受取れ、人と接触なくショッピングができる。(写真7:Zara)
写真7:ZaraのClick & Collect注文商品の受取り機
コロナ禍で一般化したテレワークだが、全ての労働者が自宅で仕事を行うわけではない。またダイバーシティの推進により、女性の社会進出も進み、自宅を不在にする時間も増える。さらに、宅配業者の過重労働が社会問題にもなったが、世界に誇れる日本の宅配サービスを維持するためにも、Order Pickup、Click & Collectは、日本の小売店には取入れて欲しいサービスである。
最新技術だけでは何も変わらない
コロナ禍、そしてニューノーマルな時代の近未来のショッピングの姿を海外事例から予想してきた。コロナ禍によりDXが加速し、日本でも「ITの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という時代は目の前まで来ている。ただし、単に新しい仕組みを導入しても、売上も利益も上がることはなく、商品、価格、立地、サービスの質など、従来の小売店が取り組んできた取組みが重要であることは今後も変わることはない。
安留 義孝(やすとめ よしたか)
日本アイ・ビー・エム株式会社 IBMコンサルティング事業本部 金融サービス事業本部 アソシエイトパートナー
1968年、横須賀市生まれ。明治大学商学部卒。
メガバンク系シンクタンクを経て、日本アイ・ビー・エム株式会社入社。2016年以降、世界22カ国を訪問し、世界の金融、決済、小売の調査研究、および決済領域を中心にコンサルティング業務に従事。
「月刊消費者信用」の長期連載に加え、「月刊金融ジャーナル」などへの寄稿多数。セミナーインフォ、NCB Lab、ペイメントナビ、日本クレジット協会、金融財政事情研究会などでの講演多数。
代表著書は「キャッシュレス進化論~世界が教えてくれたキャッシュレス社会への道しるべ~」(金融財政事情研究会)、「テレワークでも成果を上げる仕事術」(マイナビ出版)、「世界デジタル紀行 日常生活に溶け込むDX」(共著・日本橋出版)、「BNPL 後払い決済の最前線」(金融財政事情研究会)(2023年3月)。
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